画家・内田あぐり AGURI UCHIDA

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「そして今日、僕は赤いシャツをえらんだ」 (2007)

text : 森山草太

それがその年の僕の初めての外出となった。

僕は今19歳で、商業高校を卒業後ほとんどすべての時間を自宅の四畳半で過ごすこととなる。そんな僕を見て、父は「ロックなひきこもり」と僕に言うのだがまさにその通り、僕のいでたちを見れば誰もがきっと僕をそう思うにちがいない。僕はいつでもこの部屋でチリのバルパライソや、アフリカの喜望峰にだって行くことができる。僕はこれらを夢想する、しかしこれらは夢想でしかない。

うちださんの絵を初めて見たのは美術好きの父が見せてくれた一枚のポストカードだった。その時、僕は今すぐにでもこの絵が描かれたその場所に行かなければならないという、得体の知れぬしかし確かな強い直感を得たのだ。僕は父に頼み込み、なんとかうちださんの住所を調べてもらい手紙をだすことにした。すると数日後うちださんから返事の手紙をいただいたのだ。
「いつでもよいのであそびにきなさい」と。

これは大事件だ。

ちょうどその頃、僕はある女詩人の書いたこんな一節を読んでいた。
『ひとびとは探索しなければならない
 山師のように 執拗に
【埋没されてあるもの】を
 ひとりだけにふさわしく用意された【生の意味】を』(*1)
僕はそんな詩を読みながら、僕の心を捉えて離さないあの強い直感を再度確認し、僕はうちださんのアトリエへいくことを決心した。いまから思えばその時から僕の周りの空間には目には見えない、まるでエーテルのような強いひとつの流れがめぐり始めていたのかもしれない。

一体、僕はどれくらい外に出ていないんだろうかと晴れた空に吐き捨てたくなるくらい久しぶりの遠出だった。不思議なほど僕の心は晴れやかだった。

その日はたしか水曜日で、ものすごい強い風がふいていたように思う。
うちださんからの地図を片手に僕はうちださんのアトリエに到着した。アトリエの前には小川が流れていて、鴨の親子がきらきらした水面で戯れていたりした。
インターホンを押して出てきたうちださんは、目の覚めるような赤いセーターを着ていた。それはまるでベンダースの『パリ、テキサス』(*2)の中でジェーンとトラヴィスが再会した時に彼女が着ていた印象的な赤いセーターと瓜二つだった。僕はあの映画が嫌いだけれどそのシーンだけが僕にはとても印象にのこっている。
そしてその日、僕は赤いシャツを選んだ。これは予定調和の出来事なのだ。そう、僕は嘘みたいで小説めいた出来事の力を心のそこから信じている。
その後、僕はうちださんのアトリエへ通うようになった。

僕がうちださんのアトリエへ行くようになった頃、うちださんはある展覧会の絵を描いている最中で、僕はうちださんが制作をしている間、3階の片付けものをしたり、たまに休憩のお茶をうちださんとのんだりして過ごした。僕はこっそり気づかれないようにうちださんの制作風景を眺めたりもした。
僕が3階の片付けをしていた時、うちださんが20代の頃に描いたという古い絵が何点かむきだしのままでてきた。その中の一枚に男が無気力な格好ですわっている絵があった。うちださんにこの絵はどうするのですかと聞くと、その絵は気に入らないから捨てようと思っていたのよ、とうちださんは言った。
背景は暗く、中心にいる男の肌は黒く不自然な陰影がついている。男の体はやせほそり、手足はだらりと地にぶらさがり、瞳はどこをむいているかわからない。そんな絵が3階のいろいろなものの中に埋まっている。3階には昔のリカちゃん人形が何体かころがり、すごい数の旅行鞄、古いテープレコーダー、そしてインドネシアの操り人形がガラス製の金魚鉢に逆さにつきささっていたりする。僕はこの雑多な空間の中に捨てさられようとする男の絵を光が綺麗にあたる場所へと置いて、しばらく眺めた。この魔術的な感覚、雑多のなかの崩されることのない美しい秩序。すると絵のなかの男は、僕を凝視しはじめ、瀬戸際にたたされた囚人のように生きることへの渇望をこれでもかとなげかけてくる。これは僕がうちださんの絵をはじめて見た時に感じたあの甘美な体験と似ているのだ。
僕が3階からおりると、うちださんはちょうど床におかれた制作途中の絵の上に、いろいろな種類のカラフルな端切れ布をふわっと絵の上に散りばめていた。僕はその絵の中にあの3階の男の体のかたちをはっきりと見ることができた。ビビットな幾何学模様のなかに垣間見える、ラインだけの人間のかたち。これはまさにあの男だ。それも無造作に散りばめられたカラフルな端切れ布は男の体のラインをじゃますることなく美しく画面のなかでダンスをしているのだ。ダンスをしつづける布たちはまるで草原を疾走する動物たちのようだった。ちょうどショーヴェ洞窟(*3)に描かれた動物たちの姿のように、それは縦横無尽にかけめぐるイキモノたちのダンスだった。僕は3階の生ける男の存在との運命的な遭遇によって、洞窟への入り口をみつけられたということだ。つまり、あの男はなにかによって僕へと与えられた「おしるし」なのだ。それはうちださんを理解するうえで必要な、そしておそらく僕の存在を理解する上でも必要な、「おしるし」であるのだ。たとえば考古学者が掘りだされてあらわになる何かの丸いラインの跡をかつての宮殿の柱がたっていたと推測するように、あの男は何年かの時間を経てその生命力をみずからの体のラインとして新しい絵のなかに残す作業に成功したというわけだ。うちださんはまき散らされた布をすこし眺めると、大きな和紙の断片を太い針と紙糸で画面のなかに縫い始めた。まるで縫っていくその光景は時間という一枚の長い織物を紡いでいくかのように僕には思えた。時間はただ、忘却の彼方へながされていくだけのものではないのだ。
 
今日はうちださんとの久しぶりの約束の日だ。僕は相も変わらず、うちださんのアトリエへ行くことを除いては「ロックなひきこもり」でありつづけている。

僕はこう思う。
時間は僕のなかで流れ去ってはいかない、雪のようにふかく積もっていくものなのだと。

そして今日、ぼくは赤いシャツをえらんだ。

(もりやま・そうた 1988年生まれ) 
初出:内田あぐり個展/在ることの証明カタログ(2007)

注:※1 茨木のりこ詩集 「内部からくさる桃」より抜粋
※2 ヴィム・ベンダース「パリ、テキサス」1984年
※3 ショーヴェ洞窟 1994年南仏アルデシュ渓谷付近で発見されたラスコーと並ぶ大規模な旧石器時代の洞窟

 

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