画家・内田あぐり AGURI UCHIDA

日本画家・内田あぐり オフィシャルWebサイト|works

「私の前にいる、目を閉じている」 (2008)

text : 高階秀爾(大原美術館館長)

 パネル仕立ての二曲屏風のような画面。右半分では、黒々とした墨と多様な階調の紫を主調とする絵具が奔放に重ねられ、混沌とした色模様のなかに、流麗な輪郭線でかたどられた人体の一部が浮かび上がる。その人体は、随所で切り裂かれ、半ば以上潰され、解体されて幾重にも錯綜した色彩の坩堝のなかに融け込んでいるが、内部から迸り出るたくましいエネルギーを失ってはいない。むしろいたる所に鋭い軌跡を残しながら展開されるその豊醇な色彩の饗宴は、躍動する生命の華やぎをすら感じさせる。
 その華麗な混沌世界とは対照的に、左半分では思い切って広く余白をとった空間のなかに、ほんのわずかな、しかしこの上なく的確な描線で捉えられた見事な女体のデッサンがある。その頭部は、黒く立ちのぼる噴煙のようなかたちに覆われているが、周囲の空間のなかで確かな存在感を示すこの女体は、あらゆる雑音を排していささかの乱れも見せない名手の演奏にも似て、澄んだ音色を響かせる。そう言えば、一見乱雑とも見える色彩表現も、華やかな陶酔感を誘うという点において、さまざまな楽器がいっせいに鳴り響く大編成のオーケストラを思わせる。そのすべてがひとつになって、色彩と形態の壮大な交響楽が演じられることになるのである。
 その交響楽の主題は人間、それも外から眺めたかたちだけの人間ではなく、内部で熱く燃え上がる生命や複雑な情念をも孕んだ生きた人間である。内田あぐりは、これまでにもつねに人間存在をテーマとして来たが、「私の前にいる、目を閉じている」というこの作品については、その内容をさらに敷衍するかのように、「人間の生きていく、さまざまなカタチ。踊っている、歌っている、目を閉じている、叫んでいる、佇んでいる、そして私の前にいる」と述べている。まさしく躍動するエネルギーに溢れる人間、生きている人間がそこにいる。その根源的な生命の秘密を探るために、数多くのデッサンを重ねるだけでなく、人体を大胆に解体し、破壊し、そして卓越した感性に従って新たに豊麗な絵画世界に甦らせる。画面には、唐草模様の植物があちらこちらに描かれているが、それも、装飾的な効果を挙げると同時に、人間のなかに、つねに生成し、生き続ける自然の生命力に感応するものがあることを示しているだろう。内田あぐりが、岩絵具、墨、膠、楮紙など、飽くまでも日本画の自然の素材にこだわるのも、おそらくそのためである。 

(たかしなしゅうじ 大原美術館館長)
初出:“現代アートの現場から”「本」講談社(2008年3月)

 

pagetop
Aguri Uchida website since2009, All rigaht reserved by Aguri Uchida